【2】レジデンス先での暮らし

ハンガリー・ザラエゲルセグのレジデンス先は大きめな一軒家で、1階に個室が一つと、キッチン、ダイニングとアトリエがある。2階にも個室が3つあり、自分には2階の1室が与えられた。とはいえ、6畳ほどの部屋に、青いシーツがかかったベッドと、ハンガーラックがあるだけの簡素な部屋だ。天井には電気がついておらず、夜は部屋にひとつだけある電気スタンドですべてをこなす。

 

3部屋のうちひとつは世話役のカーチャの部屋だ。カーチャ自身もアクリル画を描いており、スロベニアにはアトリエを持っている。そのかたわら、このレジデンスの管理をし、広告やPRも担っている。ザラエゲルセグは、ザラ県の県都となっているが、人口6万余の小さな町であり、やはり過疎が進んでいる。このレジデンスは町おこしの一端も担っているのだ。レジデンスでは毎年5月から11月に様々な期間を設定して「アーティスト・イン・レジデンス」を開催している。主宰者のガブロさんも、お金持ちということではなく、不定期で英語教師(ハンガリーの公用語はハンガリー語)やプログラミング講師をしているという。

 

歓迎会は、午後8時ごろから催された。地元のアートコミュニティからも5人ほど参加し、合計で10人ぐらいのパーティとなった。連日の移動と暑さ、また慣れない英語での会話に疲れ、ほとんど自分から話すことはできなかったが、地元の温かいもてなしには感激した。

 

菜食主義のミランダに配慮し、メニューは野菜中心。メインは豆腐ハンバーグだった。また、ハンガリーの食卓ではスープがなくてはならないものらしく、ブロッコリーのスープ、黒っぽいパン、きゅうりのピクルス、それからこの地では多種類が揃うサラミなどがテーブルいっぱいに用意された。板垣自身は下戸のため、一杯目以降は遠慮したが、ハンガリーではトカイ・ワインと呼ばれる「貴腐ワイン」が有名で、それ以外にもパリンカと呼ばれる、各家々で作るフルーツを漬け込んだお酒が供された。日本の梅のように、当地ではアプリコットが有名で、アルコール以外であればアプリコットジュースを飲む機会が多かった。

宴は日付が変わるまで続き、よくしゃべり、よく飲んだ。自分以外は、であるが。

 

緊張からか、心地よい疲労でよく眠れたからか、翌朝は6時に目覚めた。

 

1階のダイニングに降りてみても誰もおらず、朝ごはんの用意をする人もいない。仕方がないので、手持ちの菓子などを食べて空腹を紛らわせていると、本格的な黒のフィットネスウェアを着込んだミランダが登場した。なんと、毎朝ワークアウトをしているのだという。なるほど、見ればミランダはなかなか細マッチョのナイスバディである。ワークアウトは日本でいうエアロビクスで、約30分、庭に出て、ネットで配信されているインストラクターの動きに合わせて動くらしい。「一緒にやらない?」と誘われ、普段運動をやらない板垣もやることにしたが、これが結構な運動量だった。最後までついていけない時もあったが、達成感が得られて、結局滞在中はずっとこのワークアウトを続けることになった。「勧められたことはなんでも受け入れる」のも、この旅のテーマだった。シャワーを浴び、この後、ガブロさんと市街まで15分ほど歩き、街を案内してもらった。

 

 

本場(?)では音楽のついていないワークアウト動画に、好みの音楽を流しながら行うものらしい。

 

街には歴史的建造物としてキリスト教の教会が2つあり、そのほか、社会主義時代にユダヤ教の教会として使われ、現在はコンサートホールになっている建物もあった。ザラエゲルセグ市庁舎も、風格ある立派な建物だ。日々食料を調達するスーパーや画材屋も巡った。住宅の壁は、明るいパステルカラーで塗られ、街の雰囲気はとても明るい。

 

(左)ザラエゲルセグ中心街にある教会のうちのひとつ。ある日には結婚式が行われていた。

(右)画材屋さん。知らないメーカーの画材ばかりで楽しい。

 

街の人は何かと「社会主義だった時代は」という話をする。やはり不自由なことが多かったようで、ベルリンの壁が崩壊した1989年に、ハンガリーも多党制に基づくハンガリー第三共和国として改革開放を進めた。住宅の壁の色も「社会主義時代はダークだったけれども、今は明るい色で塗るんだ」とガブロさんは語る。

 

ハンガリーは農産物の物価が安く、スーパーの品物はだいたい日本の半額ぐらいで手に入る。食事は3食自分で用意することになるのだから、これはありがたかった。自分で作るのは、ハンガリー名物料理「グヤーシュ」のレトルトを使ったスープだ。生の肉はほとんど売っておらず、代わりに多種多彩なサラミがあって、量り売りになっている。

 

お昼は、近くのカフェがやっているテイクアウトのセットメニューが便利だった。390円ぐらいで、大きな容器に、チキンのグリルやフライドポテト、チーズが入っていて、メニューは日替わり。量も多く、ジャンキーとも言えたが、それ以外の食生活がヘルシーこの上ないので特に問題はなかった。

 

(左)ランチの際にとてもお世話になった店。

(右)ランチの一部。メニューは日替わりで2種類から選べるが、ハンガリー語で書かれているのでカンで選ぶ。

 

いよいよ、翌日は、地元の人向けに行うプレゼンテーション「Meet Artist」だ。

 

(構成・原田愛)

 

 

いたがき・しん
1990年、山形県生まれ。2012年、茨城大学工学部機械工学科卒業後、モーター部品製造機械の設計会社に就職。2014年2月に退社。東京デザイン専門学校(3年制)に入学、2017年卒業。私立高の理科助手や出版社勤務などを経て、2018年3月フジギャラリー新宿に。接客などの傍ら、新宿や渋谷の街などをモチーフに油彩画に取り組む。