【3】プレゼンテーション

 

いよいよ、プレゼンテーションの日がやってきた。

 

到着してからずっと、レジデンスのダイニングで、パソコンで資料作りをしていた。よほど硬い表情だったのか、カーチャやガブロさんに「地元の集まりなのだから、そんなに緊張する必要ない」と心配されたが、英語に自信がないのだから準備を怠りなくやるほかない。できるだけのことはやった。少し改まった格好をして、プレゼンテーションの会場になった街中のバーに向かった。

 プレゼンテーションの会場。中心街のバーを貸し切って開かれた。 

 

Meet the GUEST Artists

このプレゼンに付けられたタイトルだ。改めての自己紹介に加え、事前に知らされていた質問に答える形式だった。

 

「自分を3語で表すと?」という質問には、「Music」「Curious」「Care」の3つの言葉を選んだ。ジャズやロックが好きだし、好奇心旺盛だからレジデンスに来たし、いろんなことを心配して気をまわしている自分を表現したつもりだ。これまで自分が手がけてきた作品をプロジェクターで写し、テーマにした新宿や渋谷といった東京の街を写した写真を紹介した。影響を受けた作家については、長谷川等伯(安土桃山〜江戸時代初期の絵師)、ロバート・ライマン(アメリカ人のミニマリズムの巨匠。今年2月没)、クリスチャン・ボルタンスキー(フランスの彫刻家・写真家)をあげた。地元の人たちは真剣な、あるいは優しい表情で、発表に聞き入ってくれた。また、初日の歓迎会にも出席していた地元の学生たちとは、少し耳が慣れたせいか多少会話もはずみ、仲良くなれた気もした。

 

翌日からは、本格的な制作活動が始まった。

 

テーマに選んだのは、まずは、一目惚れしたレジデンスの建物。4号(333㎜×242㎜)の小品に仕上げることにした。25号の3枚1組の連作(各803㎜×652㎜)には、ガブロさんに街を案内してもらったときに目星をつけた、歴史的建造物である教会や、生活の場である住居や広場を選んだ。20号(727㎜×606㎜)には、近所のスーパーが開いていないときによく使った、郊外型スーパー「TESCO」の店舗を選んだ。2度目の挑戦となる「インスタレーション」で、自分の主題としている「日常」をどう表現するか、頭の片隅で考え始める。 

 

 

(左)作業場。スタジオの隅で黙々と描いていた。

(右)「TESCO」主にヨーロッパで展開するスーパーマーケットチェーン

 

街には毎日出かけることを、自分に課した。なるべく地元の人たちの生活と自分自身を「同期」させるためだ。いつものように、A4のノートに構図を描き留め、スケッチし、写真を撮影して回った。絵の具はPANNON COLORというメーカーのものを10色ほど買い求めた。日本で買うよりも安い。キャンバスは、いくつかは購入したが、一部はカーチャの助言にしたがって、布屋でキャンバス生地を購入し、レジデンス先に置いてあった木枠に張った。

 

 

(左)キャンバスを作っていく。木枠はレジデンス先にあったものを使用。 

(右)下地を塗っている様子。

 

アトリエには、北側の窓から入る反射光が美しい「一等地」を確保した。壁にキャンバスを6枚掛け、ぐるぐる絵を描いて回る。

 

 

ミランダのパフォーマンス風景 

 

アトリエの窓からは、庭でジャージ姿のミランダが学生3〜4人を集め、創作パフォーマンスの振り付けをしているのが見える。大きく、ゆったりとした謎の動きをしている。セリフを言っているような、ときに激しく、ときに穏やかな声も聞こえる。もう一人のレジデンス生であるレッチも到着し、アトリエの一角で土をこね始めた。彼女が作っているというショッキングピンクでアフリカテイストの巨大仮面も興味深い。

 

また、人柄も、二人は好対照だった。

パフォーマーでもあるミランダは菜食主義で、絶対に自炊。大量に食べる料理を作るため、ほとんどずっとキッチンに立っている。冷蔵庫はミランダが買い込んだ食材でいっぱいだ。早寝早起きで、ワークアウトから1日が始まる。一方のレッチは、豪快かつ不健康。ヘビースモーカーで、朝からビールが手放せないほどの大酒飲みだ。プエルトリコのラップやラテン音楽をかけながら作業を進める。ヘッドホンをしているときは、時々歌いはじめることもあった。本人によると、気づかないうちにフレーズが飛び出ているらしい。

 

自身はといえば、現地で創作を始めて気づいたのが、ぴったりくる色の違いだ。日本にいるとき、特に東京を描く場合は、グレーやブルーといった寒色を使うことが多かった。しかし、ザラエゲルセグで絵を描いていると、それがどうもしっくりこない。土やレンガを使った街並み、影にまで光が紛れ込むような強い日差しと暑さ、住宅に塗られたカラフルなペンキ。この地には、どうやら暖色が合うらしい。一度塗った絵の具の上に、また色を重ねていく。

 

また、ちょっと欲張りすぎたのか、制作スケジュールも厳しかった。朝は目が覚めたら、まずミランダとエクササイズをし、朝食を食べてシャワーを浴び、作品づくりに取り組む。歩いて街に出て、スケッチなどをしてから、またレジデンスに戻ってランチを食べ、また作品づくりに入る。ミランダやレッチとは、ほとんど別行動だった。一度はカーチャの故郷である、隣国のスロベニアに日帰り旅行をしたが、それ以外はほぼ「アート漬け」の毎日だった。

(構成・原田愛)

 

 

 

いたがき・しん
1990年、山形県生まれ。2012年、茨城大学工学部機械工学科卒業後、モーター部品製造機械の設計会社に就職。2014年2月に退社。東京デザイン専門学校(3年制)に入学、2017年卒業。私立高の理科助手や出版社勤務などを経て、2018年3月フジギャラリー新宿に。接客などの傍ら、新宿や渋谷の街などをモチーフに油彩画に取り組む。