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画家たちの心象風景を歩く①

―― 作家インタビュー

 

 フジギャラリー 新宿では、インテリアにマッチしたアート作品をご紹介しています。抽象画も多く扱っていますが、お花や動物の絵、風景画ならば何となくわかっても、抽象画は、ただの線だったり、丸だったり、絵具を散らかしただけのように見えたりして、「分かるようで分からない」というのが、正直な感想ではないかと思います。

 

 そこで、完璧な左脳人間・原田が、アートを生み出す人々にインタビューするシリーズを開始します。

 

 

 まずトップバッターとして、マチエール(質感)にこだわった作品が特徴の入江清美さんにお話を伺いました。

 

入江 清美さん

 

 

―――ざらりとした質感と、わびさびを感じさせる作品が好評です。ご出身はどちらですか?

 生まれも育ちも横浜市です。幼稚園の時から、チラシの裏などにお姫様の絵を描いたりしていましたが、自分が絵が人よりうまいのだ、と気づいたのが、小学校1年生の時。図画工作の時間に、ひまわりの絵を描いたのですが、それが私だけ、すごく写実的でした。圧倒的に違った。「小学校6年生より上手だ」といわれて、オーストラリアの小学校との絵の交換に出されました。それが、今はどこにいったかわかりませんけれども(笑)。

 

―――どんなお子さんだったんですか?

 とても活発でした。友達も多くて、足も速くて、ずっとリレーの選手でした。いわゆる「人気者」でした(笑)。精神年齢が高いところもあり、周囲が幼く見えて、世の中をナナメに見ていたところも、あったかもしれません。

 

―――アートの道に進まれることを決めた転機は?

 高校の時に入った美術部の顧問が、東京藝大の油絵出身の方だったことでしょうか。この先生に、本当にいろいろ教わりました。普通では習わない油絵の描き方ももちろん習いましたけれど、ステンドグラスや、七宝焼もやりましたし。それから、その先生自身が当時陶芸にハマっていたので、私も一緒にものすごくハマりました。美術室ガスの窯があって。もうずーーっと美術室にいました。物を作るのが楽しくて、芸大に行こう、と決意しましたね。

 

―――それで、多摩美大の油画に進まれた。日本画でなかったのはなぜですか?

 大学で絵を描こうと思ったら、油彩か日本画しかないわけなのですが、それが油絵である必要はなかった。それで、絵で食べていける人になるためにどうすればいいか、試行錯誤していた大学・大学院の6年間でした。

 

―――影響を受けた作家というと。

前衛書家の篠田桃紅、陶芸家のハンス・コパーアントン・タピエスです!この3人はもうずーーーっと好き。あとは、幾何学模様が好き。

左:≪器≫ パネル・アクリル・石膏 640×923mm ¥198,000

右:≪晩秋≫ キャンバス・アクリル 333 × 243mm ¥33,000

 

 

―――なるほど。入江さんの源流がわかりますね。学校を卒業なさって、絵で稼げるまでというのは、我慢の時期かと思いますが。

 私の場合は、ありがたいことに割とトントン拍子でした。卒業した年だけ、高校の美術講師をしましたが、それ以外はずっと絵だけで暮らしています。大学・大学院の6年間を、とにかく素材の研究に費やしたことが、今につながっています。石膏・セメント・アクリル・・・。マチエール(質感)を極限まで追求したスタイルを確立できたのが一番の収穫でした。

 

―――確かに、入江さんの作品は、渋い色あいで、突飛ではないのに個性的です。

 チューブから出したままの絵具の色が苦手なので、一貫して渋い色を作り続けています。それから、子供のころからやっていた書道も、墨の使い方、紙の使い方といった点で、影響されていますね。

 

―――落ち着いた色だからこそ、空間に馴染みやすいですね。

 おかげさまで、数多くのハウスメーカーインテリアのCMやモデルルームなどにご採用いただいています。でも、絵の世界では「インテリア・アート」というのは、一段下に見られるところがあって、サラリーマンをしながら絵描きをしている仲間から、「インテリア・アートだろ?」と言われて、カチンとくることがあります。「あんたは画家ではなくてサラリーマンじゃないか」と言いたくなるんです。

 

―――アートはそもそも、欧米では、普通に芸術作品を飾って、部屋のおしゃれを楽しんでいるに、日本では「インテリア・アート」は「芸術とは別」みたいに解釈していらっしゃる方が多いですね。

 私は、まず絵で稼げること、そしてそれを本業にできること、という目標を達成したかった。私の絵は、インテリア系の方に好んで採用いただくことが多いですが、それは自分の表現の結果だと思っています。

 

―――質感の強い作品は、乾かすのに時間がかかりますね。

 そうですね。いつも乾かしながらで、今は5点の作品を並行して描いています。少しでも構図が良くなるように、手を加え続けます。「完成」は、明確にわかります。だから着地点が見えなくて、2年がかりの絵もあります。ひらめきが天から降りてくるんです。

 

入江 清美のアトリエ=横浜市

 

 

―――その一方で大変多作でいらっしゃる。フジギャラリーにも90点近い作品を委託いただいています。

 アートを生業にして15年になりますが、大小含めて7~800点は売れていると思います。「創作の泉は枯れていない」とでもいいましょうか(笑)。もちろん、スランプはあって、1ヶ月ぐらい描かない時もあります。そんな時は、旅行に行ったり、漫画を読んだり。好きな作家は藤沢周平、夢枕獏。「刀剣乱舞」(歴史をモチーフにしたオンラインゲーム)もすごくハマっています。

 

―――作品のインスピレーションは、どんなところから得ているのですか?

 いつでも、どこからでも、です。画家は引きこもりがちなので、年に1回は海外旅行に行くようにしていて、ヨーロッパとアジアは大体行きました。カンボジアが特に印象的です。ポル・ポト派の大虐殺を歴史に残すために設立された「トゥール・スレン博物館」に行って、人間の闇を見ましたが、一方で、美しい海があって。美醜が表裏一体であることに、強い印象を受けました。ヨーロッパでいえば、文化が混じっているスペイン。あとは、イタリア・ギリシャ・・・エジプトも良かったです。書をやっていた関係で、やはり文字には関心が強いので、象形文字が面白かったですね。必ず現地の美術館には行くようにしていて、現地の抽象美術主義に関してはかなり真剣に見ます。歴史と遺跡が好きなので、世界遺産も回ってます。それ以外にも、土の色とか、建物の壁のひび割れとか、とにかくいろいろ見ます。

 

―――画家として、自信を深めた瞬間というのはありましたか。

 やはり、画家は誰でもそうでしょうが、大きい絵が売れた時でしょうか。30歳ぐらいのとき、2mほどの大きい絵が、某有名人に購入していただけました。これは、自信につながりましたね。あとは、「こんな願いを込めて、このモチーフで」と、詳しいことは言えませんが、そのようなオーダーがあることもありますね。

 

―――願いを込めて、作品をオーダーする、というのは、いかにも願いが叶いそうです。ところで、もうすぐ不惑だそうですね。

 はい。8月が誕生日なので、今とても考えることが多いです。20代、30代と同じことをしていてはダメだなと。中身と年齢が一致しなくちゃいけない。陶芸とか、半立体とか、構図とか、あらゆる可能性を試して、「絵の発明」をしなくちゃいけないと思います。

 

 

 

取材後記─

 私は新聞記者をしていた時代、とにかく「たくさん書け」と先輩に言われました。「よい記事をたまに書く記者」を目指すのではなく、まずは「たくさん書く記者」になるべきだ、と。確かに、たくさん書ける記者はたくさんの人に会い、たくさんの情報に触れ、たくさんの知識を蓄えます。これはアートにおいてもしかりで、現代アートの世界で価値が高い作家は、例外なく多作です。アートという不確かに見える世界で身を立てるために、冷静に向き合い、さらに高みに登ろうとする入江さんの姿勢に、感銘を受けました。

(聞き手・原田愛)

 

 

フジギャラリー新宿では、クライアントのアート選びをサポートいたします。
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