【4】レジデンス成果展

「アーティスト・イン・レジデンス」は、開催者にとっての目的がそれぞれ異なる。そこで作った作品を一つは置いていく、というところもあるし、地元民との交流や賑わい創出が目的となる場合もある。ザラエゲルセグの場合は、どちらかといえば後者であり、7月26日に1日限りの地元向けの展示があった。

展示会当日の様子。地元のアートファンでにぎわう。 

 

地元向けの展示会とはいえ宣伝は必要で、それはカーチャが担っていた。地元の新聞に展示会のお知らせが掲載され、地元の小さなテレビ局も取材に訪れた。「日本っぽさを出したい」と言われ、英語で質問されたことに日本語で答え、それを英語に自分で訳したものをガブロさんがハンガリー語に翻訳し、翻訳音声をかぶせた。ザラエゲルセグの印象や、どんな作品を作るかなどを聞かれた。テレビ映りは・・・「まあよかった」といったところか。テレビ・デビューがハンガリーになるなど、思いもしなかった。

 

 

 テレビクルーの取材を受けるLech。板垣が日本語で話すと「東洋っぽい」と、とても喜ばれた。

 

油絵作品の完成は、本当にギリギリだった。作品を眺めると、次から次へと作品に足りない部分が見つかってしまう。色を重ねて、さらに手を加えていく。しかし、いつでもそれに手を加えられる、アートに没頭できる生活そのものが喜びだった。しつこく考えることの大切さを強く感じ、時間を取れば取るほど粗も見えて、作品が洗練されていくことを学べた。作品を見たミランダやカーチャには「日本画のような印象があって、それがモダンな感じ。色使いがいい」と言われた。やはり、自分の中には日本人の色彩感覚が宿っているのだなと思う。

 

 

  (上下、3点)≪Still Life≫ 板垣晋 油彩、キャンバス 

 

 

2回目の挑戦となる、インスタレーションも決まった。やはりテーマは「日常」。

 

ひとつは、滞在期間中のすべての買い物のレシートを、マグカップに詰め込んだ。タイトルは「A Cup of Receipt」。「自分の買ったもの、すべてで自分自身ができている」からだ。日常を示すマグカップには、休憩時間にお茶を飲む自分や、ザラエゲルセグのカフェでくつろぐ人々の様子も重ねた。

 

  ≪A Cup of Receipt≫ 板垣晋 油彩画、カップ、レシート

 

ふたつ目は、美しい窓が見渡せる窓にキャンバス枠を貼り付け、手前には東京の街を写したスマートフォンを置いた「Zalaegerszeg, 26th, July」。東京の街は、新宿のギャラリーへの通勤風景を渡航前に撮影しておいた。同じ7月26日。自然豊かなザラエゲルセグとコンクリートジャングルの東京。そんな違いを表現した。

 

 

 ≪Zalaegerszeg, 26th, July≫ 板垣晋 ミクストメディア

 

アトリエの一角にある、普段は作品作りの途中で手を洗っていた洗面台にも、インスタレーションを施した。ガブロさんの選んだハンガリーの詩人ヨージェフ・アッティラが精神疾患の治療として行った、浮かんだ言葉を際限なく並べる「A Collection of Free Associations in Two Sessions」と、谷川俊太郎の「芝生」。両方の作品を音声記号で表した紙を貼り、それを読み上げる音声を流した。

「You Can Read」。それが、この作品のタイトルだ。

 

  ≪You Can Read≫ 板垣晋 ミクストメディア

 

展示会は、26日の午後6時から始まった。TVクルーも含め、来場者約30人を前に、30分程度、自分の作品を説明した。

 

その後、庭でミランダの創作演舞が始まった。観客は用意された椅子や敷物に座ってミランダの作品を鑑賞する。黒い上下の服装に身を包んだ女子学生3人とミランダが、パフォーマンスを繰り広げた。30分間の、≪feat.≫と名付けられたその公演はとても興味深かった。幼い頃から通っていた馬小屋の話、恋人とのやりとり、人とは何か、などをパフォーマー4人の個人的な体験や思想を元に演じられるダンスや朗読劇は、それぞれの文化的背景や生活を感じた。

レッチは、合計で8つの仮面を用意した。ハンガリーは「ヘレンド」で有名な陶器の国でもあり、レジデンスの隣には、有名な陶芸家が居を構えていた。土をこねて作った仮面をその窯で焼かせてもらい、スプレーなどで着色していた。いろんな素材を使った仮面は、日本人の感覚からすると「何もかも振り切れている」イメージで、圧倒される。

 

(上)≪feat.≫ Miranda Friedman パフォーマンス

(下左)≪fluff faun≫ LECH 陶器      (下右)≪don't be blue≫ LECH 陶器

 

3人の考えるそれぞれのアートが、それぞれの個性を発揮していた。

全く違うジャンルのアート関係者と親交を持てるというのも、レジデンスの面白さの一つだ。きっと、ここに来なければ、パフォーマンスのためにストイックな生活を送るミランダのことも理解しえなかったし、エクササイズで感じる達成感も知らないままだった。レッチの奇想天外な色使いや造形の感覚をしっかり感じ取ることも難しかっただろう。日差しや街の色によって、自分の使う色が変わるとも、思っていなかった。

 

今後も、いろんな土地になるべく長期で滞在し、「日常」を感じながらアートな日々を送ってみたい。その土地に足を運んで、初めて感じられる何かがあるから。

 

(構成・原田愛)

 

 

いたがき・しん
1990年、山形県生まれ。2012年、茨城大学工学部機械工学科卒業後、モーター部品製造機械の設計会社に就職。2014年2月に退社。東京デザイン専門学校(3年制)に入学、2017年卒業。私立高の理科助手や出版社勤務などを経て、2018年3月フジギャラリー新宿に。接客などの傍ら、新宿や渋谷の街などをモチーフに油彩画に取り組む。